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危険な物はありえるが、安全な物はこの世に存在しない!?

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ジョン・ブロックマン
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こんにちは!

今回は、「危険な物はありえるが、安全な物はこの世に存在しない!?」です。

人に「絶対大丈夫だから」と勧めてしまう人や
逆に、疑心暗鬼になりすぎて何も信じることができない
あなたのために書いた記事です。

始めに言っておくと、今回は科学的な根拠をもとにした話ではなく
哲学よりの話です。

 

記事を書くにあたり引用させていただいた本は、
ジョン・ブロックマンが編集した「天才科学者はこう考える」の中で
トム・スタンデージが書いた「「危険」は証明できても「安全」は証明できないー科学の苦悩」です。

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安全が証明できない理由

 

さて、始めにことわっておきますが今回は
それはただの「ヘリクツ」じゃないかのような意見はなしでお願いします。

哲学書を読まれたことのある方なら分かるとは思いますが、
ありとあらゆる可能性を吟味し、一般人はそんなの考えなくてもいいんじゃないか?
と思われるところにまで言及するのが哲学です。
※私の個人的な感想ですが。

 

あなたが思う安全なものを思い浮かべることができますが?

「食べ物」「機械」「音楽」「法律」何でも構いません。
思い浮かべら次に進みます。

 

では次に、あなたが安全と思い浮かべたものが安全であると思える理由を考えて下さい。

「食べ物」なら信頼できるスーパーに売っている
「機械」なら何年も使っているけど使徒じゃないから暴走しない
「音楽」はただ聞くだけだから大丈夫
「法律」は我々を守ってくれるものだから

あなたの考えた安全なものが安全といえるだけの理由を持ったなら次へ進みましょう。

 

最後に、その安全と思った理由は
あなたの考えも付かない方法で使用されても安全と言い切れますか?

「食べ物が信頼できるところで買った」そもそもお店に並べる基準は信頼できるのか?
新鮮野菜コーナーでも虫がついてたりジャガイモの芽が出ているモノも平気で売ってる。

「機械が暴走しないから大丈夫」メンテナンスを行わないで毎日フル稼働させられたら
どうなると思いますか?

「音楽は聴くだけだから」もし音楽の音量が急に上がったら鼓膜が破れるかも……..
聞いてる音楽のせいで偏った意見を持ってしまう可能性もあります。

「法律は我々を守ってくれる」法律が存在しても犯罪委は起こりますよね?
それって危険にさらされた後法律で罰が下るから危険なことに変わりない。

 

どうですか?
あなたが考えた安全な物の理由は今もなお安全と思えますか?

無いものは証明できない

 

安全が証明できないと体感してもらったところで
次は「無いものは証明できない」について考えてみましょう。

 

今回は、言葉や思想では存在するものについて考えてみましょう。

「幽霊」「神」「UMA」

この3つについて無いことを証明できるのか考えてみましょう。

 

まず「幽霊」について。
幽霊の定義はまぁみなさんが思い描いてるもので大丈夫です。

多くの方が存在は知っているが認識もみたことも無い。
だから「幽霊」はいないのだ!

はたしてそう言い切れるのか?

例えば、
幽霊物件はなぜ幽霊物件なのか謎を解明できるのか?
魂論者の意見を取り入れるなら死んだ後の魂は幽霊とは異なるのか?
そもそも幽霊を信じないなら死んだ人に対して葬式や埋葬をするのはおかしくないか?

などなど「幽霊」は存在しないと仮定しても
いるかもしれないと考えることができる意見も無数に出てきます。

そして、「幽霊」はいまだに認知できないので
「幽霊」の存在証明も不存在証明もできないままになる。

 

次は、「神」についてです。

「神」についての定義もややこしのでみなさんが思っているイメージで大丈夫です。

さて、「神」が存在するのか?
宗教は宗教を作った人が思い描いた妄想の産物を崇拝している可能性がある。
その証言がとれれば宗教的な「神」は存在しないと言えるのかもしれない。

しかし、人間の誕生についてはどうだろう?
生物の誕生についてはどうだろう?
宇宙の始まりについてはどうだろう?

全て科学的に言えば原子の結合によって説明できるかもしれない。
しかし、本当の最小はいったい何なのか?
無から有が急に誕生したのか?

考えれば考えるほど沼に入り込み抜け出せなくなってしましますね。

「神」についても認知はできないが、存在しないとは断定できないですな。

 

最後に「UMA」についてです。

「UMA」はネス湖のネッシーや雪男・干物妹などなどですね

「UMA」の定義が未知の生物なら大いに存在する可能性はあるでしょう。
今は現実に存在しなくても雪山で育った人間が突然変異で毛むくじゃらになり
寒さに適応する身体を手に入れるかもしれません。

ネス湖のネッシーも何かの減少で影が極端に大きくなりすぎたが、
実際はミジンコ並みに小さい生物がネッシーの可能性もあります。

干物妹は流石に存在すると思いますが、
外と家で身長というか等身が変わる人間は存在しないと思いたい。

「UMA」は存在してもおかしくはないが認知はされていませんね。

 

認知できないものは認知できない

 

「幽霊」「神」など極端な例を上げましたが、
過去には認知されていないが現代では認知されているモノもあります。

「光」や「重力」です。
「光」や「重力」は誰かから教えてもらわなければ存在するなんて思わないでしょう。

当たり前のように存在するものでもいまだに認識されていないものがまだまだあるかもしれない。
しかし、認知されてないだけで存在しないとも言いきれない。

五感で感じれないだけで他の方法では認知できるかもしれない。

 

今回のタイトルでもあった
安全は証明できないも同じですね。

安全は言いかえれば危険ではないことを意味します。

しかし。「危険でない」という証明は我々が認知できていないだけの可能性が大いにありえる。

最後に

 

今回は、安全は証明できない理由として
認知できないものは無い証明ができない!という結論に至りました。

 

モノや思想だけにとどまらず人間関係、科学的な根拠
何もかも今まで通りがこれからも永遠と続くことはないということにもないますね。

永遠に続くという証明は、永遠に変わらない(無い)証明が必要ですから。

 

今回の記事のように哲学的にコラムから
科学的な根拠をもとにしたコラムまで
151人の世界を代表する天才達が1~3ページで読める話を書いてくれたのが
「天才科学者はこう考える」です。

自分の知識を広げるだけでなく、様々な考え方を知る点でも
「天才科学者はこう考える」はおすすめの本です。

引用元情報
編者:ジョン・ブロックマン
訳者:夏目大 花塚恵
発行年:2020年
発行所:ダイヤモンド社
装丁デザイン:竹内雄二
装丁画像:Paul Campbelll/iStock
本文・図版デザイン・DTP:松好那名
製作進行:ダイヤモンド・グラフィック社
印刷:信毎書籍印刷(本文)・新藤慶昌堂(カバー)
製本:川島製本所
編集協力:野口孝之
編集担当:上村晃大

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